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SOIプロセスの下地ができ、製品開発がスタートしたのは1998年のことだった。この年、当時のデバイス技術担当の小林研也は、2枚のウェハーを貼り合わせた構造での高耐圧SOIプロセスについての開発状況をISPSD(The International Symposium on Power Smiconductor Devices & Ics) 学会で発表し、業界で注目され始めていた。社内でも初めてのプロセスだった。他社の高耐圧SOIが1~2μmルールで作られていたのに対し、小林は0.5μmという微細化を検討していたのだ。これにより、高価なSOIウェハーを利用しても、チップサイズの小型化が可能となり、採算の目処がたった。一方、1996年に開発された1.5μmルールのPDPドライバICは、徐々にコスト対応力を失いつつあった。そこで、コスト対応力回復を目指した次の製品では、検討されていたSOIプロセスを用い、高圧出力を1列に並べた新規のスリムチップをアルミ板付きCOF(Chip On Flexible Film)に実装するドライバモジュールを開発することになった(写真6)。新製品は、新プロセスとCOF専用レイアウトとすることで、従来の半分以下のサイズまで小さくなった。いまではデータドライバIC実装形態の主流となっているCOFも、1999年当時、どれ一つとっても業界初ばかりのチャレンジに、現実は甘くはなかった。
トラブルは連日のように発生した。そのトラブルを解決するため、毎朝8時半から関係者が集まり、情報共有と対策を探る定例会議を行うことになった。6月2日のことだった。連日、問題点を列挙し、それぞれが分担して対応を考え、解決策を練った。しかし、ホワイトボード全面に書き込まれた問題点が、何ヶ月過ぎても一向に減っていかない。「どうして問題が解決できないのだろう。」と高橋は悩んだ。この悲惨な状況のなか、当時LCDプロセス開発グループから異動したばかりでデバイス技術を担当することになった吉田浩介はつぶやいた。「難問山積みだ。」そして、解決策を求め、徹夜当番が割り振られることになった。連日の早朝会議、そして徹夜当番。メンバーの頑張りも、もはや限界だった。
当時の開発メンバーは口々に言う。「辛かった。しかし、ひとつずつ解決して行くしか道はなかった。」
年も明けた2000年。各メンバーの粘り強い試行錯誤の甲斐あって、山積していた問題は、まるで雪解けのように次々と解決していき、開発チームは一息ついた。しかし、まわりの状況は彼らの開発スピードをはるかに超えた速さで動いていることをすぐに思い知らされることになる。苦労を重ねたCOF実装も、メーカーのさらなるコストダウン要求に対応するために、すぐにTCP(Tape Carrier Package)化を図らなければならなくなったのだ。
ただ、ここに問題があった。TCP実装では放熱の役割を果たすアルミ板がなくパッケージの裏面がオープンになるため、SOIを用いたICの場合グランド(接地電位、0V)に電圧を固定できず、耐圧が落ちる危険性があったのだ。高耐圧SOIプロセス開発はこれまで手がけたことがなく、誰に聞いても明快な回答が返ってこない。小林は頭をひねった。アイディアは、思いの外すぐに浮かんだ。酸化膜に穴をあけ、基板上下の導通をとることにより、グランドに固定することが可能なのだ。だが、のちにBOX貫通コンタクト構造(図3)としてエポックメイキングとなるこの理論も、この時はあくまでも机上の理論だった。なかなか思い通りの構造ができない。通常の10倍以上の幅でトレンチを形成したのだが、形状異常が発生してしまう。トレンチを形成するエッチングガスの条件振り(数種類のガスの流量比およびガスの圧力を変更)によってこの問題を解決したものの、次から次へと問題が発生した。BOX貫通コンタクトの形成時に、トレンチ部分の段差が大きく、エッチングしきれず穴が開かない。さらに、大面積トレンチ内に配線形成時のパターニング材料であるレジストが流れ込むことによって、肩部のアルミが露出してしまう。つまり、大面積トレンチのサイズが小さければBOX貫通コンタクトの形成に支障をきたし、サイズが大きければアルミが露出してしまう、という矛盾を解決しなくてはならなくなったのだ。
デバイス技術部門の伊藤将之は、暑い夏の日差しのなか、連日試作ラインと職場を往復して試作を繰り返したが、そのたびに失望を隠せなかった。「無理だな。」と高橋は思った。
しかし、小林と伊藤は、無理を承知で試行錯誤を繰り返した。「何とかなる。」という確信に近いものを感じていたのだ。そして、すべての条件を満たす大面積トレンチとBOX貫通コンタクトのサイズを割り出し、この問題を解決することができた。さらに、レジストの厚さを変更することによって通常のコンタクト(基板表面に形成する回路配線接続用の構造)とBOX貫通コンタクトの同時形成が可能になることを確認し、従来と同じ工程数で高耐圧SOIプロセスが開発できるように工夫した。小林と伊藤がプロセス技術を確立したのは、この年の秋から冬にかけてであった。そして、電子情報通信学会で論文が発表された(図3)。PDPドライバICがビジネスとして成功した翌2001年、あらためて小林の名前は業界に知れ渡ることになる。こうして、TCP化への難題を無事解決したことで、ようやく連日の早朝会議はその役目を終えることになった。