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1994年8月。世界最高性能の32ビットRISCシングルチップマイコン「V850シリーズ」は、幾多の苦難を乗り越えた末に新聞発表された。それは、マイコンの高性能化への流れをさらに加速させる契機となった。社内では、32ビットRISCマイコンの高性能を活かせる最適なアプリケーションは何か?という議論が活発化していた。そして、ハイエンド・アプリケーションのひとつとして、自動車分野での応用検討が始まった。「ターゲットは、エンジン制御やハイエンドのシャーシ制御だ」
1994年当時、エンジンやシャーシの制御用マイコンはCISCの16ビット・マイコンが主流の時代だった。32ビット・マイコンの性能の高さは理解されつつあったが、ROM効率やチップサイズの増大、消費電力の増加などの問題が懸念されていたからだ。「まだ当分の間16ビット・マイコンの時代が続く」と思われていた。
確かに、従来の延長線上での制御だけなら16ビット・マイコンでも十分かも知れない。しかし、あらゆる条件下で排気ガスを規定以下に押さえながら、より高い燃費の向上と高い性能を引き出すためには、16ビットではパフォーマンスが足りなくなるのも事実だった。また、環境問題や安全性への関心が高まり始めており、自動車メーカーはあらゆる面で性能の向上を必要としていた。そして、増大するソフトウェアを所定時間内に制御するために、新エンジンの開発に同期してより高性能なマイコンが求められていたのである。
NEC(当時)では、エンジン制御やシャーシ制御で16ビットCISCマイコン採用の実績はあったが、製品ラインナップが整っていないなどさまざまな課題がクリアできていなかったため、制御系のハイエンド・システム分野では、車載用マイコンのサプライヤーとしての認知度は決して高いものではなかった。
「32ビットRISCで、C言語必須。新しい環境で再スタートが切れるチャンスだと思った」と松原 昭司(第一ソリューション事業部 シニアシステムインテグレーター)は語る。そして、32ビットRISCマイコン「V850シリーズ」の自動車分野へのチャレンジが始まった。
早速、松原を中心としたメンバーは、お客様となる自動車メーカーや電装メーカーへヒアリングして回ることにした。国内だけでなく、アメリカやドイツへも飛んでいった。32ビットRISCマイコンの性能面での優位性を前面に押し出したプロモーション活動を実施したのだ。その結果、数社のお客様から声がかかり、1995年、具体的な製品開発がいよいよスタートすることになった。
「早く製品をだしてくれれば採用のチャンスはありますよ」というお客様の言葉に応えたい。しかし、エンジン制御は自動車の心臓部に当たる重要な要素となるため、マイコンそのものの高い信頼性と品質が求められる。しかも、32ビットRISCマイコンは車載での実績が全くないゼロからの新規開発になる。さらに、お客様サイドでの開発期間の短縮やメンテナンス性の向上を目的に、オンチップ・プログラムメモリをマスクROMではなく、フラッシュメモリにより全数量産することやC言語の採用提案に対するお客様の信頼獲得など、多くの課題が山積していた。まさに、走りながら一つひとつの課題を解決していく結果となった。
例えば、100KBを超えるソフトウェアを効率よく開発するためにC言語対応は必須だったが、Cコンパイラ自体に高い信頼性が求められていた。そこで、実際過去に起きた不具合の事例などをベースに、何度となく改良が加えられた。
すでに、エバチップと周辺I/Oの評価環境は早い時点から開発に着手していたので、「なんとかなる」という自信が松原にはあった。1996年3月には、暫定ではあったが、ソフトウェア開発ツールをお客様に提出することができた。そして1996年末、先行開発用チップのサンプルが完成したのだった。しかし、サンプルを出したとはいえ、まだまだ最終目標の製品にはほど遠く、課題は多く残っていた。苦難の道はまだ、そこから始まろうとしていた。
1996年3月に世界で初めてフラッシュメモリを内蔵した32ビットRISCマイコン「V853」(図1)を発表するなど、NECはフラッシュメモリ搭載マイコンの先頭を走っていた。当時、フラッシュメモリは0.65μmプロセスが主流であったが、V853は0.5μmプロセスを採用するなど最先端のマルチメディアRISCとして高い評価を得ていた。
そんななか、松原たちは0.35μmプロセスを導入することにした。大容量オンチップ・メモリでかつ高性能を実現し、自動車の長い製品寿命に対応するためだ。「V853」に代表されるように、これまでにもフラッシュメモリ内蔵マイコンの実績はあったが、0.35μmプロセスでの開発は初めてだった。「NECさんはチャレンジャーだと思っていますから、期待してますよ」というお客様の声に応えるためにも、「ここで頑張らねば」と松原は強く心に誓った。しかし、「車載分野への本格使用が前提」となるため、自動車での使用環境を充分に考慮しなければならず、何度となく試作/評価の繰り返しを余儀なくされた。
なかなか目標通りのサンプルができない。今度サンプルが期限までにできなければ「アウト」という場面が何度もあった。「正直、もう駄目かと思った」と製造を担当した藤戸 一三(NEC九州 第二生産技術部 シニア製品技術プロフェッショナル)は試作の苦労を告白する。しかしベストの製造条件を模索するしか手はない。「何度も何度も試作を繰り返しようやく最適条件を見つけることができました。」と、藤戸は感慨深げに当時を語った。
サンプルができないあまり言い訳をしたくなるような局面が幾度となくあった。その度に「言い訳はできない」と松原は自らに言い聞かせた。それは車載用32ビットRISCマイコン開発からの撤退を意味していたからだ。終電で帰宅する日々が半年以上続いた。失意と情熱の間を何度行き来しただろうか。でも、最後にはいつも「やるしかない」という結論に辿り着くのだった。