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1999年某日、相模原のNECエレクトロニクス先端デバイス開発本部に、リーダー小野篤樹をはじめ6人の技術者が集められた。のちにシステムLSI設計基盤「CB-90」として結実する、90nmプロセス「UX6」の開発チームである。当時のプロセス技術は150~180nmが中核となっており、130nmプロセスが次世代といわれていた時代である。いわば、2世代先を目指すプロジェクトといえた。
100nmを切るLSIのプロセス開発では、高性能化、高集積化、そして低消費電力化といった課題を、ひとつのプロセスで同時にクリアすることは困難だといわれていた。6人のメンバーの前には、いくつもの壁が立ちはだかっていたのだ。LSIの高性能化を阻害する配線遅延の問題。これまでは微細化とともに改善されてきたトランジスタの遅延時間や駆動能力が予想よりも改善されず、リーク電流や消費電力が急増してしまう問題。ゲート電極の素材はこのままで良いのかといった問題。リーク電流を抑えるためには、ゲート絶縁膜の生成方法をどうにかしなければ・・・。課題は山積していた。特に、1Vという低い電源電圧で高性能化を実現するのは不可能だという声も多かった。
一般にLSIの新規開発では、半導体製品を構成するうえで基本となるトランジスタ回路を、シリコンウェハー上に作りこむ「プロセス開発」が先行し、その完了後にさまざまな機能を実現するための「回路設計」が始まる。しかし、いち早く製品化し、90nmプロセスの標準となることを狙っていた開発チームは、初期の段階から設計チームとの話し合いを重ね、目標数値を明確にすることで無駄を省き、早期立ち上げを目指した。LSIの競争力は、性能やコストだけによるものではない。「標準プロセス」として認められることが何より重要だということを、チーム全員が認識していた。標準プロセスとなるというのは、単に技術力が評価されるということではない。その技術が他社に「売れる」ということであり、将来的にもその技術が継承されることが保証されるということだ。ビジネスの面からも、大きな優位性を持つ。そのためには、どこよりも早く90nmプロセスの確立が必要だったのである。それは、当時の常識では考えられない、まさにチャレンジの始まりであった。
最初に大きな問題となったのが、トランジスタの製造工程におけるゲート電極の素材であった。ゲート電極では、半導体であるポリシリコンをベースとしてそこに不純物を混入して導体とし、電気を通すようにしている(図1)。その不純物はソース・ドレインの拡散層領域形成と同時に導入されるのだが、微細なトランジスタを形成するように単純なプロセス技術を用いただけでは、ゲート界面の近くでは不純物が少なくなり、結果としてトランジスタの特性が劣化する(図2)。これまではあまり問題とならなかったことではあるが、90nmプロセスではこれがトランジスタ性能の低下に直結するのだ。
開発チームは、これまで使用してきたポリシリコンのほかに、シリコンゲルマニウムをゲート電極の素材として採用することを、NECシリコンシステム研究所の技術をもとに決断した。実用化レベルでは、世界初の試みである。使用する材料を変えるのには、勇気が必要だ。ゲート電極をポリシリコンとシリコンゲルマニウムの積層構造とすることで、ポリシリコン単独時の欠陥は解消する(図3)。半導体を導体にするために不純物として加えられるホウ素の活性化率を向上させ、性能改善にも有効だ。メリットはわかっている。しかし、ゲルマンガスは酸素との反応性が高く、人体にも有害といわれている。そのため、半導体製造ラインでは、圧力を下げた状態で使用しなくてはならない。こうしたゲルマンガスそのものがたいへん危険である上、加工性のチェック、プロセスとのマッチングの確認、酸化膜への影響のチェックなど、「いち早く製品化する」という当初目標の実現に反する工程が増大することに対して、反対意見も多かった。
新材料の導入による性能改善か、既存材料の継承による安定と簡便さか。議論は白熱したが、結局はチャレンジへの意欲が勝った。それからは、ひたすらゲルマニウム濃度の最適化のための検討が続く。ゲルマニウム濃度を上げるとトランジスタ性能は向上するが、その一方で極薄膜の酸化膜(ゲート絶縁膜)の劣化を招くのだ。最適なバランスを追求して、地道な調整を繰り返した。その成果は、その後の2000年の国際学会でハイライトとして採択され、そのスペックの妥当性、信頼性に対し大きな賞賛が寄せられたことで報われることとなる。